参鶏湯風スープと年末の温もり
夕暮れの《喫茶つむぎ》。
ガラス越しの通りには、買い物袋を下げた人々が足早に行き交っていた。
年末特有のざわめきと、黒豆を煮るやさしい甘い香りが店内を包んでいる。
「……寒い~!」
ベビーカーを押して入ってきたのは沙織。
「今日は陽翔が昼寝してくれたから、やっと外に出られたの」
と笑うが、頬は冷えきっている。
そのすぐ後、ノートPCを抱えた翠が入ってきた。
「年末進行で徹夜続きです……頭も胃も冷えてる気がして」
二人がカウンター席に並んで腰を下ろしたとき、
壁の黒板メニューに描かれた「本日の日替わり」を見つけた。
《参鶏湯風スープ(サムゲタン)》
その文字を見た瞬間、二人の声が重なった。
「これにします!」
あんずは微笑み、厨房へ向かう。
「ちょうど仕込み中です。体がぽかぽかになりますよ」
鍋に鶏もも肉、生姜、にんにく、棗を入れて、
じっくりと煮込む。
湯気の中で香りが混ざり合い、甘くてやさしい空気が広がった。
翠がカウンター越しにのぞきこむ。
「参鶏湯って、おうちでも作れるんですか?」
あんずはうなずく。
「本格的には丸鶏と高麗人参を使いますが、
今日は鶏もも肉と生姜で簡単にアレンジしています。
おうちなら炊飯器でも作れますよ」
「炊飯器で!?」と沙織が驚く。
「はい。鶏肉、生姜、にんにく、棗を入れて“おかゆモード”で炊くだけ。
塩を控えめにして、仕上げにごま油を数滴――
最後にクコの実を散らせば、彩りも栄養も完璧です。」
翠が目を輝かせた。
「それなら私でもできそう! 明日やってみます」
沙織も笑ってうなずく。
「うちも炊飯器、最近ご飯以外で出番がないから助かる~」
そのとき、奥からつむぎさんの声がした。
「……あら、黒豆の鍋、少し焦げたみたい」
ほのかに香ばしい匂いが漂う。
翠が笑う。
「焦げの香りって、なんか“年末”って感じしますね」
沙織も頷く。
「うちも、毎年おせちのどれかを焦がすの」
つむぎさんは黒豆をかき混ぜながら微笑んだ。
「焦げも冷えも、どっちも“火加減”が大事。
人の体も同じね。温めすぎず、冷ましすぎず――ほどよい温度で過ごすのがいちばんよ」
スープが完成した。
黄金色のスープに、赤いクコの実と棗が浮かぶ。
ひと口すすると、体の奥からふんわりと熱が広がっていく。
「……おいしい。胃が動き出した気がします」
「私も、足の先まで温かい……」
あんずは微笑んで言った。
「温めるって、“気を満たす”ことでもあるんですよ。
焦らず、少しずつ巡らせてあげるのが一番です」
窓の外には冬の風。
けれど《喫茶つむぎ》の中には、参鶏湯の湯気と笑い声がやさしく満ちていた。
今日の薬膳ミニ知識
・鶏肉:補気・補陽。体を温め、疲労回復に◎。
・棗(なつめ):血を養い、心を落ち着ける。冷え性や不眠に。
・生姜:体を芯から温め、胃腸を整える。冷えや食欲不振に。
・クコの実(枸杞子):肝と腎を補い、美肌や目の疲れに。
煮込みすぎず、仕上げに散らすのがポイント。
・にんにく:温中・散寒・解毒。寒冷で縮こまった体をゆるめる。
→ 冬から春へ向かう時期は、体の“火”が弱りがち。
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